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生徒さんのためのウェルビーイング

まるみえ先生こと中西美江です。

 

前回は、先生の神経系の状態がそのままレッスン室の「色」になる、

というお話をしました。
今日はそんな安心・安全のレッスン室の中で育つ、

生徒さんのウェルビーイングについてです。

 

「ピアノを習っていてよかった」と思うのは、どんなとき?

 

大人になった生徒さんが、いつか「ピアノを習っていてよかった」って

思い出してくれるとしたら。
それは、どんなときでしょう。
コンクールで賞をとったとき。難しい曲が弾けるようになったとき。
もちろん、それもすてきな思い出です。

 

でも私は、こんなふうに思い出してもらえたら、

うれしいなと思って日々レッスンしています。。
「あのレッスン室にいると、なんだかホッとした」
「間違えても、先生はいつも待っていてくれた」
「ピアノを弾いている自分が、ちょっと好きだった」

 

ぽこあぽこピアノ教室がお約束しているのは、
「そして自分を好きになれること」です。
 

生徒さんにとってのウェルビーイングとは

上手に弾けることそのものではなく、
ピアノを通して自分を好きでいられることだと、私は考えています。

「ピアノのレッスンには、ウェルビーイングの要素が全部詰まっている」

 

ポジティブ心理学の第一人者、マーティン・セリグマン博士は、
ウェルビーイングを支える5つの要素を「PERMA(パーマ)」という言葉で表しました。
これをピアノのレッスンに置きかえてみると、とても身近なものに感じられるのです。

 

P(ポジティブな感情):「この曲、好き!」「弾けてうれしい!」と心が動く瞬間
E(没頭):気づいたら時間を忘れて弾いていた、という体験
R(よい関係):先生やおうちの方に、ありのままを受けとめてもらえる安心感
M(意味):「おばあちゃんに聴かせたい」「この曲で伝えたい」という想い
A(達成):昨日できなかった2小節が、今日弾けた喜び

どうでしょう。

ピアノのレッスンには、ウェルビーイングの要素がひとつ残らず詰まっていると思いませんか?

 

でもね、この5つは、放っておいても自然に育つわけではないと思うのです。

レッスンの関わり方ひとつで、どれも育ちもするし、しぼんでもしまいます。
たとえば「A(達成)」。
課題が大きすぎれば「できない」が続き、達成どころか

「どうせ私なんて」という気持ちを育ててしまいます。
「R(よい関係)」も、間違いを指摘されてばかりのレッスンでは、なかなか育ちません。

そして、この5つすべての土台になるのが、
教室がどういう状態なのか?ということなんです。


人がもっともよく学び、もっともよく人とつながれるのは、安心や安全を感じているときです。

レッスン室に入ったとたん指が動かなくなる。
新しい曲になると黙り込んでしまう。弾き始めがどんどん速くなる。
これは「やる気」や「集中力」の問題ではなく、神経系が身を守ろうとしているサインだと考えられています。


「そわそわ型」と「固まり型」、それぞれへの関わり方

レッスン中、そわそわと落ち着きがなくなっていったりしていく「そわそわ型」の生徒さんには「スピードを落とす」

弾き始めがどんどん速くなる。一度間違えると最初から弾き直そうとする。
「あ、違う!」と自分を責める言葉が多い。
こんなときの生徒さんの体は、エネルギーが上がりすぎている状態です。
先生がゆっくり、少し低めの声で話す
「いっしょに、ゆっくり息を吐いてみようか」と呼吸を合わせる
テンポをぐっと落として、先生が隣でカウントしながら弾く
弾き直しは「最初から」ではなく、「間違えたところの1小節前から」にする

赤のときに必要なのは、「もっとがんばれ」ではなく「ゆっくりでいいよ」というメッセージです。
先生のゆったりした体の状態が、協働調整で生徒さんに伝わっていきます。

固まり型の生徒さんには「小さく動き出す」
質問しても返事が小さい。楽譜を見つめたまま手が止まる。表情が乏しく、目が合わない。
こんなときの生徒さんは、エネルギーが下がって、身を守るために動きを止めている状態です。

いったん楽譜を閉じて、リズムの遊びをする
先生と連弾をして、「一人じゃない」を体で感じてもらう
得意な曲、大好きな曲を1曲弾いて、まず「できる自分」に戻る
「どっちの音が好き?」など、指さすだけで答えられる質問をする

「固まり型」の生徒さんにはいきなり大きく動かそうとしないことです。
小さな動き、小さな「できた」から、少しずつエネルギーを取り戻していきます。

どちらのタイプにも共通しているのは、技術指導の前に、
まず心を安心した状態に戻る時間をとるということ。
遠回りに見えて、実はこれがいちばんの近道だと思っています。

「悔しい」も「ドキドキ」も、ウェルビーイングの一部
ここで、ひとつ誤解のないようにお伝えしたいことがあります。
生徒さんのウェルビーイングは、「いつも楽しい」「いつもニコニコ」ということではありません。

思うように弾けない悔しさ。発表会の前の、胸がドキドキする緊張。間違えて泣いてしまう日。
こうした揺れも、子どもが育っていくうえで大切な経験です。
大切なのは、揺れないことではなく、揺れたときにキチンと安心出来る状態に戻ってこられること。


「そわそわ型」さんも「固まり型」さんも無理に先へ進めるのではなく、一度「戻る場所」へ戻ってから、もう一度挑戦する。
この「戻って、また挑戦する」をくり返すことで、子どもは自分で自分を立て直す力を身につけていきます。

これは、SEL(社会情動学習)教育で大切にされている力そのものです。
SELを推進するアメリカの団体CASELは、育てたい力として、
自己への気づき、
自己管理、
他者への気づき、
対人関係のスキル、
責任ある意思決定の
五つを挙げています。

自分の気持ちに気づいて、名前をつけて、整えていく。
ピアノのレッスンは、こうした非認知能力の宝庫なんです。
「やりたい!」を内側から育てる三つの土台

生徒さんのウェルビーイングに欠かせないのが、
内発的動機づけ、つまり自分の内側から湧いてくるやる気です。
大人のピアノレッスンの講座でもお話ししていますが、
心理学者のデシ博士とライアン博士の自己決定理論では、
人のやる気を内側から支える三つの欲求があるとされています。
これは子どものレッスンでも、まったく同じです。

自律性 ──「自分で決めた」という感覚
「今日はどっちの曲から弾きたい?」「この部分、強く弾く? それともやさしく?」
小さな選択の積み重ねが、「やらされているピアノ」を「私のピアノ」に変えていきます。

有能感 ──「できた!」という手ごたえ
ここで力を発揮するのが、スモールステップです。片手だけ、2小節だけ、ゆっくりだけ。
大きな課題を前にすると神経系は「無理かも」と身構えますが、ち
ょっと頑張れば届く目標なら、ドキドキは「ワクワク」に変わります。
そして、私が「マイピアノ楽譜」を大切にしている理由もここにあります。
その子の今の力に合わせて、その子のためだけに書いた楽譜は、
「先生は私のことをわかってくれている」「これなら絶対弾ける」という安心と手ごたえを、
同時に届けてくれます。生徒さんの目の前で書くので、「わかるまで書く」ことができるのも強みです。

関係性 ──「わかってもらえている」という安心
「先生は私の味方」「この教室にいていいんだ」。そう感じられることが、ほかの二つを支える土台になります。
ぽこあぽこ教室の合言葉「来てくれただけでOK!」は、まさにこの関係性のための言葉です。
この三つがそろったとき、子どもは誰に言われなくても、自分から鍵盤に向かうようになります。

電子ピアノも、生徒さんの「安心」の味方
ここで少し、おうちの練習環境についても触れておきたいと思います。
今、ぽこあぽこ教室に通う生徒さんの多くが、おうちでは電子ピアノで練習しています。
私は、電子ピアノをとても前向きに捉えています。
たとえば、ヘッドホンを使えば、「間違えた音を家族に聞かれたらどうしよう」というドキドキなしに、思いきり練習できます。
音量や時間を気にせずに音を出せることは、生徒さんの神経系にとって、実はとても大きな安心材料なんです。
録音機能もおすすめです。「先週の自分」と「今週の自分」を聴き比べてみると、自分では気づかなかった成長が聴こえてきます。
これは、そのまま有能感、つまり「できた!」の体験になります。
音色を変えて遊んでみるのも楽しいですね。いつもの曲をオルガンやチェンバロの音で弾いてみると、
子どもの耳がぱっと開いて、「この曲、こんな感じにも弾けるんだ」と、表現への興味が広がっていきます。
大切なのは、楽器の種類ではなく、その子が安心して音楽と向き合える環境があるかどうか。
そのうえで、レッスン室でアコースティックピアノの響きにも触れながら、
「いろいろな音を楽しめる耳」を一緒に育てていけたらいいなと思っています。

⭕は「結果」ではなく「あなた」に向ける
もうひとつ、ほめ方についても触れておきたいと思います。
心理学者のキャロル・ドゥエック博士の研究では、
「頭がいいね」と能力そのものをほめるよりも、努力や工夫といった過程に目を向けたほうが、
子どもが難しいことに粘り強く取り組めるようになることが示されています。
ですから、私の⭕は「上手だね」だけではありません。

「先週より指がしっかりしてきたね」
「この強弱、自分で考えたの? すてきだったよ」
「最後まであきらめずに弾けたね」
そして、間違えたときには「間違えたね」ではなく、「今、指がどこに行きたかった?」と一緒に観察します。
間違いは「恐いもの」ではなく「発見のきっかけ」。
こうした言葉の変換をくり返すうちに、
生徒さんの中に「間違えても大丈夫」が根づいていきます。

発表会は、ウェルビーイングを育てるチャンス
生徒さんのウェルビーイングを考えるとき、
発表会は特別な意味を持つ場だと私は思っています。
発表会は、緊張もするし、うまくいかないこともあります。
でも、だからこそ、生徒さんが「揺れて、戻って、また挑戦する」を体験できる、
またとない機会なんです。
そのためにいちばん大切にしているのが、選曲です。

難しすぎる曲を選ぶと、練習の過程がずっと「不安な状態」になってしまいます。
本番が近づくにつれて焦りが増し、ステージでは頭が真っ白に。
そんな経験が「もうピアノは嫌だ」につながってしまうこともあります。
かといって、簡単すぎる曲では「やりきった!」という手ごたえが生まれません。

私が意識しているのは、その子のレベル、その子の目標、そしてその子の「挑戦したい気持ち」の三つに合わせることです。
少しだけ背伸びが必要だけれど、スモールステップを重ねれば必ず届く。
そんな曲を一緒に選ぶことができたら、発表会はPERMAの5つの要素がすべてそろう、
一人ひとりの生徒さんにとってすばらしい舞台になると信じています。

曲選びの段階から、生徒さんに「どれが弾いてみたい?」と聞いてみてください。
自分で選んだ曲だからこそ、本番までの練習を自分のこととして頑張れるのです。
そして本番が終わったら、結果がどうであっても、まずは大きな⭕を。「最後まで弾ききったね」
「あそこの音、客席までちゃんと届いていたよ」。
この言葉が、次の一年への力になります。

一人ひとりのウェルビーイングは、違う形をしている

最後に、私がとても大切にしていることをお伝えします。
それは、ウェルビーイングの形は、一人ひとり違うということです。
人前で弾くのが大好きで、発表会が何よりの楽しみな子。コツコツ積み上げて、難しい曲に挑戦することに喜びを感じる子。
上手になることより、好きな曲をひとりで弾いている時間が何よりの癒やしの子。
忙しい毎日の中で、ピアノの時間だけはほっとできる、という子もいます。


どれが正しくて、どれが間違っているということはありません。


ぽこあぽこピアノ教室のビジョンは、

「音楽を通じ、個性を大事に一人一人の想いを応援する」です。
その子にとってのウェルビーイングがどんな形をしているのかを、一緒に探していくこと。
同じ教本を使っていても、進み方は違っていい。
楽譜も、その子に合わせて変えていい。それが、先生にしかできない大切な役割だと思っています。


今日のお話しのまとめです
生徒さんのウェルビーイングは「上手」ではなく「自分を好きでいられること」
人は安心・安全を感じているときにしか学べない。
揺れたときに戻れる場所をつくる

自律性・有能感・関係性の三つが、内側からのやる気を育てる
⭕は結果だけでなく、過程とその子自身に向ける
ウェルビーイングの形は一人ひとり違う
次回は最終回。レッスン室の外で、毎日の練習を見守っていらっしゃる
「保護者様のウェルビーイング」についてお話しします。
実は、いちばん見落とされやすい存在なんです。どうぞお楽しみに。
 

オススメの一冊

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『人を伸ばす力 内発と自律のすすめ』エドワード・L・デシ、リチャード・フラスト 著/桜井茂男 監訳/新曜社

自己決定理論を提唱したデシ博士が、一般の読者に向けて書いた一冊です。ごほうびや罰ではなく、「自分で選ぶ」ことがなぜ人を伸ばすのか。生徒さんの「やりたい!」をどう育てるかを考えるとき、レッスンの声かけを見直すヒントになります。