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「続ける」

今年で50さいになります・・・実感ないけど

いつも思うけど、記憶がある頃からしかカウントせえへんし

自分で働いてからしか、生きてる実感せえへんし

てな訳で気分は-20くらいです。

ピアノは3才から習っていたらしい・・・

好きという意識はなく、

「ピアノ習ってるねん」という事を表向きに公表するタイプでもなく

母親がかなり真剣にさせよう!!という意識があったようで

ピアノのある部屋に閉じ込められて、練習させられるという毎日・・・

まぁ~楽しくないわね~ テープレコーダーに練習したものを録音して

本読んでましたなぁ~

見つかった時は、大変でしたわ~ テープレコーダーを投げ捨てたもんやから

粉々になった風景は覚えています。

その頃は全然楽しくなかったよ~

辞めたい~ 好きな本をいっぱい読みたい~

でも結果辞めなかった・・・辞めれなかった・・・

これが私の「続けた」という実態・・・

こんな状態でも続けたのだ・・・

今自分がレッスンする立場になったら

ピアノ弾くのが、大好きで楽しいから「続けた」「続ける」になって欲しいなぁ~と思う。

続けたからなんか形になるんか?って言われたら困るんやけど

形にならなアカンのかいな?とも思う。

心の強さとか豊かな気持ちは見えへんもんちゃうんかい!

ピアノ教室へ通っているから「続ける」という事になるのだ

でもないのよ。

生活にピアノを弾く事が組み込まれて欲しいねんなぁ~

「あっ!この曲良いやん」「ちょっと弾いてみよ」

「音探して弾いてみよう」「それに伴奏でもいれよか」

「続ける」意識がなくても自然にそうなれば良いなぁ