【設計思想とポリヴェーガル理論】

なぜ、同じ教材で「進む子」と「詰まる子」がいるのか
同じ教材、同じ指導、同じ時間をかけているはずなのに、すいすい進む生徒がいる一方で、なぜか同じところで立ち止まってしまう生徒がいます。
えっ?なんで?
レッスンを始めてまもない頃は、教材選びが間違っていたのかな?と不安になった時もありましたが、使用教材を分析してみると、「つまずく箇所」には「つまずく理由」があることに気がつきました。
教材が前提としている「設計思想」と、生徒さんの発達段階との間に生まれる「ズレ」にあることに気がついたのです。
設計思想とは何か
私は、設計思想をこう定義しています。
教材が前提とする「成長モデル」のこと。
①どの力を先に育てるか
②どの力を後回しにするか
③どの程度の負荷が「適切」かが各教材に組み込まれている。
つまり、1冊の教材には、著者が「この順番で、この負荷で育てていけば、子どもは伸びる」と
考えた、見えない設計図が組み込まれているということです。
見えた先に何が言いたいか?というと
設計思想に優劣はなく「向き・不向き」があるだけなのです。
そして、教材を使うときに「この生徒さんにはこの部分を先に教えよう」とか
「この生徒さんにはこの部分で説明していないことを説明してから、次の課題へ行こう」
など一人ひとりに合う教材の攻略法を用いることで、
「途中で進まなくなる」「急に難しる感じる箇所」が全てフラットになるのです。
【5つの設計思想タイプ】
導入教材の設計思想を大きく5つのタイプに整理しています。
技術積み上げ型:段階的な技術習得、体系的な反復、明確な指導ゴール、身体への定着を優先するタイプ
音楽体験・感性型:音楽的な曲で動機づけをし、弾く喜びを早期に確保するタイプ
読譜・理論重視型:五線譜を早期から正確に、リズムや音価の理解を優先し、後伸びの土台をつくるタイプ
成功体験先行型:「できた!」を最優先にし、心理的なハードルを下げ、短い曲・小さな単位で構成されるタイプ
定着・応用促進型:学んだ内容を曲の中で再体験させ、「わかる→使える→音楽に」という流れで教本と対応させるタイプ
今回の講座では
学研の「ぴあのどりーむ」ヤマハの「オルガン・ピアノの本」全音の「バーナムピアノテクニック」などを例に挙げて、それぞれの長所と注意点、向く生徒のタイプまで具体的にお話ししています。
「良い教材・悪い教材」ではなく、
「どんな設計で、どんな子に向くのか」を1冊ずつ丁寧に読み解く内容の講座になっています。
ここで役立つのが「ポリヴェーガル理論」という視点
さて、ここで少し理論的なお話をさせてください。
私の指導観の土台のひとつに、ポリヴェーガル理論があります。
ポリヴェーガル理論とは、アメリカの神経科学者スティーブン・ポージェス博士が提唱した、
自律神経系のはたらきに関する理論です。
人間の自律神経系は、大きく分けて3つの状態を行き来していると説明されます。
腹側迷走神経系(安全・つながりの状態):安心・安全を感じているときに働く状態。人と落ち着いてつながり、好奇心を持って学んだり、遊んだりできる状態です。
交感神経系(闘争・逃走の状態):危険や脅威を感じたときに働く状態。焦り、緊張し、闘うか逃げるかという反応が優位になります。
背側迷走神経系(凍りつき・シャットダウンの状態):さらに強いストレスを感じたときに働く、「固まる」「動けなくなる」状態です。
そして重要なのは、この状態の切り替えは、私たちの意志や努力だけでコントロールできるものではなく、「今、自分は安全か」という無意識レベルの感覚(ニューロセプション)によって、
自動的に起こるとされている点です。
【教材で詰まる」を、神経系の視点から見直してみる】
私はこの理論を学んでから、教材が「合わない」という場面の見え方が大きく変わりました。
生徒さんが同じところで何度も詰まってしまうとき、それは単なる「理解不足」ではなく、
その子にとって今の課題の負荷が大きすぎて、安心して学べる腹側迷走神経系の状態から外れてしまっている。そんなふうに見られるようになったんです。
急かしたり、「なぜできないの」と繰り返し問うたりする中で、
生徒さんは知らず知らずのうちに緊張状態や、固まってしまう状態に入っていくことがあります。
「設計思想と発達段階のズレ」という捉え方は、まさにこの神経系の状態と深く結びついています。教材の負荷が、その子が安心して学べる範囲を超えてしまっているとき、生徒さんは「できない」のではなく、「安全を感じられず、学びのスイッチが入らない」状態に陥っているのかもしれない。そう考えることで「言葉のかけ方」も変わります。
「合わない=生徒さんが悪い」でも「合わない=先生の指導力不足」でもなく、
「教材の設計と、その子の今の神経系の状態にズレがあるだけ」と捉え直すことには、
大きな意味があると私は思っています。生徒さんを責めることなく、その子が再び安心して学べる状態へと戻るための、具体的な手立てを考えられるようになるからです。
「全てオッケーの哲学」ともつながる視点
私の教室「ぽこあぽこピアノ教室」のビジョンは、
「音楽を通じ、個性を大事に一人一人の想いを応援する」というものです。
そして、ビジョンの先にあるのは
「そして自分を好きになれること」というブランドプロミスです。
生徒さん一人ひとりが安心を感じられる関わり方を、
先生の側が意識的につくっていく。
これは、ポリヴェーガル理論の知見とも、全てオッケーの哲学とも、根っこの部分でつながっています。「poco a poco(少しずつ、着実に)ぽこあぽこ」という教室の名前は、まさにこの考え方から始まっています。
次回予告
設計思想が分かったら、次に必要になるのは
「目の前のこの子は、どのタイプなんだろう?」という見極めです。

日時:2026年9月28日(月)10:30〜12:00(受付10:00〜)
会場:平瀬楽器 藤原台センター
参加費:コミュニケーションカード会員 2,500円/一般 3,000円
お問い合わせ・お申し込み:平瀬楽器 藤原台センター(Tel:078-981-3510)
参考テキスト:全音「バーナムピアノテクニック 導入編」、全音「アルフレッドピアノ」、学研「ぴあのどりーむ」、ヤマハ「オルガンピアノの本」、デプロ「目から耳から感性を育てる ひくのだいすき1・2」、デプロ「こどものバイエル」、デプロ「しってる曲からはじめる 楽しいピアノ・レッスン1・2」、音友「アキピアノ教本」、サーベル「ぐんぐん伸びる ピアノ教本1・2」、サーベル「はじめてのピアノ教本1・2」
導入期のレッスンに自信を持ちたい先生、教材選びの基準がほしい先生に、特におすすめしたい内容です。