先生編、生徒さん編と続けてきたこのシリーズですが
今回は「保護者様のウェルビーイング」です。
レッスン室の外にいる、もう一人の主役
先生が生徒さんと向き合うのは、
ぽこあぽこの場合は月に2度、30分から1時間ほど。
でも、残りの時間、子どもさんのピアノの練習と
向き合って下さっているのは保護者の方々なんです。
毎日の練習を見守り、ときには声をかけ、そして教室への送迎をしてくださり、
発表会では客席から誰よりもドキドキしながら見つめている。
保護者様は、レッスン室の外にいる「もう一人の主役」なんです。
ですが、ピアノ教室の中で、保護者様ご自身の気持ちが語られることは、あまりありません。
先生方も、保護者様を「協力をお願いする相手」として見ることはあっても、
ウェルビーイングを大切にされるべき一人の人として見る機会は、
意外と少ないのではないでしょうか。
「普通のピアノじゃないとダメですか?」
以前、電子ピアノの講座についての記事でも書きましたが、
レッスンを始める前に、保護者様からこう聞かれることがよくあります。
「先生、購入するとしたら電子ピアノなんですけど、大丈夫ですか?」
私はいつも満面の笑みで、「ご準備してくださるのですね!
ありがとうございます」とお答えします。
するとお母様は、ホッとしたお顔で
「よかった〜。普通のピアノじゃないとダメって言われたらどうしようと思っていました」と
おっしゃるのです。
このやりとりから、私はいつも思います。保護者様は、私たちが想像する以上に、
小さな不安をたくさん抱えてレッスン室の扉を開けていらっしゃるんだな、と感じます
そして、こちらの言葉かけ一つで、沢山の不安を取り除かれて、
たくさんの安心が生まれるのだと私は思います。
保護者様の心の中にある、いろいろな「心配や不安」
では、保護者様はどんな気持ちを抱えていらっしゃるのでしょう。
ちょっと想像してみませんか?
「練習しなさい、って言うたびにケンカになる。
こんなにぶつかるなら、やめさせたほうがいいのかな」
「同じ時期に始めたお友だちは、もう次の本に進んでいるのに…」
「月謝を払っているんだから上達してほしい。
でも、楽しく続けてくれればそれでいい気もする」
「私の声かけ、これで合っているのかな。
自分はピアノを習ったことがないから、どう手伝えばいいのかわからない」
「仕事も家事もきょうだいの世話もあって、練習を見てあげる時間がとれない」
どれも、子どもを大切に思っているからこそ生まれる気持ちです。
でも、こうした揺れを誰にも話せずに抱えていると、
保護者様の神経系もまた、少しずつ「赤」の状態が長くなり「心配や不安」が強くなります。
おうちでも、協働調整は起きている
「協働調整」は、先生と生徒さんの間だけで起きているのではありません。
おうちの中でも、まったく同じことが起きているんです。
保護者様が焦っているとき、「練習しなさい」という
言葉の硬さや、ため息、表情を通して子どもに伝わります。
子どものニューロセプションはそれを「ちょっと危ないかも」と感じ取り、
身を守るモードに入ってしまう。
するとますますピアノに向かえなくなって、
保護者様はさらに焦る。そんな悪循環が、
知らず知らずのうちに生まれてしまうことがあるのです。
反対に、保護者様の気持ちが落ち着いていると、
おうちでの声かけは自然とやわらかくなります。
「今日はどの曲を弾くの?」「その曲、お母さん好きだな」。
そんな何気ない言葉が、子どもにとっては
「ピアノを弾いている自分を見てもらえている」という安心になります。
つまり、生徒さんのウェルビーイングを支えるためには、
保護者様のウェルビーイングを支えることが欠かせないんです。
保護者様にも、「全部OK!」を
「自分にも全部ok!をつけてあげてください」とお伝えしました。
これは保護者様にも、まったく同じです。
毎週レッスンに送り出していること。電子ピアノでもアップライトでも、
おうちに楽器を用意してくださったこと。
発表会の日に、客席から見守ってくださること。
それだけで、保護者様はもう十分に、お子さんの音楽を支えていらっしゃいます。
ぽこあぽこ教室の合言葉は「来てくれただけでOK!」です。
これは生徒さんだけでなく、保護者様にも向けた言葉でもあります。
うちの教室を見つけた時点で「お母様、もう大丈夫です。安心してください」
とお伝えしています。
保護者様からよく、「家でどう関わったらいいですか?」と聞かれます。
特別なことをする必要はありません。
私がお伝えしている、ちょっとした工夫をご紹介しますね。
練習の「最初の1分」を大切にする
レッスンの最初に雑談の時間をとるのと同じで、おうちの練習も、
いきなり宿題から始めなくて大丈夫です。
好きな曲を1曲弾く、適当に音を鳴らして遊ぶ。
「聴かせて」と頼んでみる
「練習した?」と確認するのではなく、
「その曲、聴かせてほしいな」とお願いしてみてください。
子どもにとっては、練習が「やらされること」から「聴いてもらえること」に変わります。
弾き終わったら、上手かどうかではなく、
「お母さん、その曲好きだな」と感想を伝えるだけで十分です。
ヘッドホンと録音を味方にする
電子ピアノなら、ヘッドホンを使えば、間違えた音を家族に聞かれる心配なく練習できます。
録音機能で「先週の自分」と聴き比べてみるのもおすすめです。
「前より上手になってるね」という発見を、親子で一緒に味わえます。
練習しない日があってもいい
体調が悪い日、学校で嫌なことがあった日、疲れて何もしたくない日。
そんな日は、無理に練習しなくても良いではないですか?
休むことも、長く続けるための大切な一部です。
ピアノの「場所」を見直してみる
ピアノが置いてある部屋は、子どもにとって居心地のいい場所でしょうか。
家族の気配がほどよく感じられる場所だと、子どもは安心して弾けることがあります。
逆に、ひとりで集中したい子もいます。
お子さんのタイプに合わせて、一緒に考えてみてください。
先生にできること ── 保護者様に「安心」を手渡す
では、先生は保護者様のウェルビーイングのために何ができるのでしょう。
私は、先生には保護者様に安心を手渡す役割があると思っています。
まるみえ流で大切にしていることをご紹介します。
1. 小さな成長を、言葉にしてお伝えする
保護者様は、毎回レッスンをご覧になっているわけではありません。
だからこそ、先生が見つけた小さな変化をお伝えすることには、大きな意味があります。
「今日、自分から『もう一回弾きたい』と言ってくれたんですよ」。
テクニックの上達だけでなく、気持ちや取り組む姿勢の変化もお伝えします。
それは保護者様にとって、何よりの⭕になります。
2. 練習できなかった週を、責めない
「今週は全然練習できなくて、すみません」と申し訳なさそうにおっしゃる保護者様は、
本当に多いです。
そんなときは、「大丈夫ですよ。そういう週もあります。
レッスンで一緒に弾けば、ちゃんと前に進めますから」。
罪悪感が軽くなるだけで、保護者様の表情はぐっとやわらかくなります。
3. 比べる相手は「少し前のその子」だとお伝えする
ほかのお子さんと比べて焦っていらっしゃる保護者様には、
「三か月前を思い出してみてください。この曲、最初は片手でも止まっていましたよね」と、
その子自身の歩みを一緒にふりかえります。
成長のものさしを、横から縦に置きかえるのです。
4. 「練習しなさい」の代わりの言葉を、具体的にお渡しする
「何の曲を弾くか聴かせて」「今日はどこがいちばんうまくいった?」。
命令ではなく、興味を向ける言葉に変えるだけで、親子のやりとりは大きく変わります。
心理学者のジョン・ゴットマン博士は、子どもの感情に寄り添い、
その気持ちに名前をつけて受けとめる関わり方を「感情コーチング」と呼びました。
「弾きたくない!」と言う子どもには、
まず「弾きたくない気持ちなんだね。今日は疲れちゃったのかな」と受けとめる。
そのうえで、「じゃあ、1曲だけ弾いてみる?」と一緒に考える。
こうした関わり方をお伝えすることも、先生にできるサポートのひとつです。
5. 保護者様ご自身の気持ちにも、耳を傾ける
ピアノの話をきっかけに、子育てのお悩みを打ち明けてくださる保護者様もいらっしゃいます。
先生はカウンセラーではありませんが、「そう感じていらっしゃるんですね」と
受けとめるだけで、心が軽くなることがあります。
ピアノ講師になる前、私は販売の仕事をしていました。
人は「良い商品」ではなく
「自分のことをわかってくれる人」から購入したいのだということを実感しました。
保護者様との関係も、まったく同じだと感じています。
こんなとき、どうする? 保護者様からよくあるご相談
最後に、保護者様からよくいただくご相談と、私がどうお答えしているかをご紹介します。
先生方にとっては、保護者様への声かけのヒントになればうれしいです。
Q.「ピアノ、やめたい」と言い出しました。やめさせたほうがいいでしょうか?
まず、「やめたい」という言葉の奥にある気持ちを、ゆっくり聞いてみてください。
「今の曲が難しくてつらい」「練習の時間がとれなくて苦しい」「先生に叱られるのが嫌」。
「やめたい」は、多くの場合、「今、赤や青の状態がつらい」というサインです。
そのサインを受け取ったら、私にも教えてください。曲を変える、宿題の量を調整する、
しばらくは好きな曲だけを弾く。レッスンの中でできることは、たくさんあります。
それでもやめたい気持ちが続くなら、
それはその子が自分で選んだ道として、尊重していいと思っています。
Q. 仕事が忙しくて、練習を見てあげられません
大丈夫です。毎日そばについていなくても、お子さんのピアノはちゃんと育ちます。
大切なのは、時間の長さではなく、関わる瞬間の「色」です。
忙しい朝に「昨日の曲、また聴かせてね」とひと言かけるだけでも子どもには十分に伝わります。
Q. きょうだいで進み方が違って、つい比べてしまいます
きょうだいだからこそ、比べてしまう気持ちはよくわかります。
でも、ピアノの進み方は一人ひとり違って当たり前です。
上の子と比べるのではなく、「三か月前のその子」と比べてみてください。
どの子にも、その子なりの歩みがちゃんとあります。
Q. 電子ピアノのままで、本当に大丈夫でしょうか?
はい、大丈夫です。電子ピアノがあるから、
ピアノレッスンを始められるご家庭がたくさんあります。
保護者様がご用意してくださった楽器で、
お子さんが音楽を楽しいと感じられるレッスンをすることが、私たちの役目です。
レッスン室では、アコースティックピアノの響きにも触れながら、
いろいろな音を楽しめる耳を一緒に育てていきますので、どうぞご安心ください。
どのご相談にも共通しているのは、
保護者様の不安を一つ取り除くことが、
お子さんの安心につながるということです。
三者の輪 ── ウェルビーイングはめぐっていく
3先生・生徒さん・保護者様、それぞれのウェルビーイングを考えてきました。
最後に、三者のつながりをふりかえってみますね。
先生が「緑」でいると、レッスン室の空気がやわらかくなり、
生徒さんは安心して鍵盤に向かえます。
生徒さんが小さな「できた!」を積み重ねていくと、その姿を見た保護者様が安心します。
保護者様が「緑」でいると、おうちでの声かけがやわらかくなり、子どもはおうちでもピアノに向かいやすくなります。
そして、生徒さんが伸び、保護者様から「ピアノを続けてよかった」という言葉が届くと、
先生もまた満たされて、次のレッスンへの力が湧いてきます。
こうして、ウェルビーイングは三者の間をめぐる輪になります。
どこか一か所から温かさが生まれると、
それは輪を伝って全体に広がっていく。
反対に、どこか一か所がつらくなると、その影響もまた全体に及びます。
だからこそ、誰か一人だけががまんする教室ではなく、
三者それぞれが大切にされる教室でありたい。
そして、この輪を最初に温められるのは、やっぱり先生なんです。
第1回を「先生」から始めたのは、このためでした。
今日のお話しのまとめです
おうちでも協働調整は起きている。保護者様の「緑」が、子どもの「緑」を支える
ポリ語の色の言葉は、誰も責めずに状態を共有できる、保護者様との共通語
先生には、保護者様に「安心」を手渡す役割がある
ウェルビーイングは、先生・生徒・保護者様の三者をめぐる輪だと言わせてください。
レッスンの最初の「今日も来てくれてありがとう」。
お迎えのときの短い立ち話。レッスンとレッスンの間の、ひと呼吸。
そんな小さなことの積み重ねで、少しずつ、少しずつ育っていくものです。
まさに、poco a pocoですね。
先生も、生徒さんも、保護者様も、それぞれが「ここにいてよかった」と思える場所。
そして、それぞれが自分を好きになれる場所。
ピアノ教室は、そんな場所になれると私は思っています。
これからも「ぽこあぽこピアノ教室はそうありたい」と考えています。

今日の一冊
『子どもの心と体を整える「ポリヴェーガル理論」入門』吉里恒昭 著/日本実業出版社
「ポリ語」を使って、ポリヴェーガル理論を子育てにどう活かすかを解説した一冊です。
子どものことで悩む保護者様だけでなく、毎日子どもと向き合う教育関係者に向けても書かれています。
保護者様におすすめするのはもちろん、先生が保護者様と「色の言葉」を共有するヒントにもなります。

講座のお知らせ
大人の生徒さんの心理に寄り添う関わり方を、ポリヴェーガル理論・ウェルビーイングの視点からお話しします。
続けたくなる大人のピアノレッスン ―集まる・続く・選ばれる 大人の心理に寄り添う指導のコツ―
日時:2026年11月19日(木)10:30〜12:30
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受講料:会員1,500円/一般2,000円(各税込) ※会員…音研会・PTNA・JPTA・カワイメンバーズ・KPA
お申込み・お問合せ:カワイ梅田 TEL 06-6345-8050