「ちゃんと練習してきたのに弾けない」のはなぜ?
おうちでは上手に弾けていたのに、レッスン室に入ったとたん指が動かなくなる。
発表会の舞台で、頭が真っ白になってしまう。
保護者の方からも、生徒さん本人からも、本当によく聞くお話です。
そんなとき、「もっと集中して」
「緊張しなくて大丈夫よ」と声をかけたくなりますよね。
私も性格的に「励まし系」なんで「大丈夫」とか
「そんなん気にしなくていいよ〜〜ハハハ〜」的な声掛けが多かったのです。
でも、今までのレッスン経験を通してわかったことは
こうした場面は、やる気や根性の問題ではないし、
明るすぎる「頑張ろう」メッセージが効果的なわけでもないのです。
その理由をわかりやすく説明してくれるのが、
私が興味を持ち、様々な角度から勉強した「ポリヴェーガル理論」です。
少し難しそうな名前ですが、
レッスンの見え方がガラッと変わる考え方なので、
ぜひ最後までお付き合いください。
ポリヴェーガル理論とは?
ポリヴェーガル理論は、1994年にアメリカのステファン・ポージェス博士が提唱した、
自律神経についての理論です。
日本語では「多重迷走神経理論」とも訳されます。
とても奥が深い一方で、正直に言うと専門的で難しい理論でもあります。
その難しい理論を、私たちが日常で使えるようにやさしく解説してくれているのが、
吉里恒昭さんの著書『「ポリヴェーガル理論」がやさしくわかる本』です。
吉里さんは、体と心の状態を「赤・青・緑」の3色で表す「ポリ語」という
独自の言葉を使って、この理論を説明しています。
ポリ語 | 神経系の状態 | からだと心の様子 | レッスンでの姿 |
|---|---|---|---|
緑 | 腹側迷走神経系 (安心する・つながる) | 落ち着いている、 人と関われる | 笑顔で話せる、 試してみようと思える |
赤 | 交感神経系 (闘う・逃げる) | ドキドキ、そわそわ、 イライラ | 早口になる、弾き急ぐ、 ミスに過敏になる |
青 | 背側迷走神経系 (固まる・動けなくなる) | 動けない、 何も感じない | 黙り込む、 ぼーっとする、 手が止まる |
私が「ポリ語」という言葉をとても気に入っているのは、
他の方にも伝えやすいというところなんです。
保護者様に「ポリヴェーガル理論」についてお話しする時も、
難しい専門用語ではなく、状態を色で表すことで、
「感じ方を共有する速度がとても早くなるのです。
子どもにも保護者の方にも、「いま、ちょっと赤になってるかな?」と
声をかければ、誰も責めることなく、状態をそっと共有できます。
また、吉里さんの本の土台にあるのは、心と体は密接につながっていて、
体にエネルギーが戻ってくると心も整っていく、という視点です。
心の問題を「心だけ」でなんとかしようとしない。
これはピアノのレッスンにも、そのまま当てはまる考え方だと感じています。
もうひとつ大切なのが「ニューロセプション」という考え方です。
これは、私たちの神経系が、本人も気づかないうちに
「ここは安全か、危険か」を感じ取っているしくみのこと。
つまり、子どもが固まってしまうのは「わざと」でも「怠け」でもありません。
神経系が自動的に「ここはちょっと危ないかも」と判断して、
身を守ろうとしているのです。だからこそ、
「頑張りなさい」という言葉だけでは、
なかなか状態は変わらないんですね。
レッスンで見えるサイン
「そわそわ型」と「固まり型」
私はレッスン中、生徒さんの様子を2つのタイプに分けて見ています。
そわそわ型(ポリ語の「赤」/交感神経系が優位)
弾き始めがどんどん速くなる
一度間違えると最初から弾き直そうとする
「あ、違う!」と自分を責める言葉が多い
椅子の上でからだが落ち着かない
固まり型(ポリ語の「青」/背側迷走神経系が優位)
質問しても返事が小さい、または返ってこない
楽譜を見つめたまま手が止まる
表情が乏しく、目が合わない
「わからない」「できない」で止まってしまう
たとえば、ある小学生の生徒さんは、新しい曲に入るたびに「どうせできへん」と
鍵盤から手を下ろしてしまう子でした。
以前の私なら「やってみないとわからないよ」と励ましていたと思います。
でも今は、それが固まり型のサインだとわかるので、
まず楽譜を閉じて、好きな音を3つだけ鳴らしてもらうところから始めます。
大切なのは、サインを「問題行動」として叱るのではなく、
「いま神経系がどこにいるか」を知る手がかりとして受け取ることです。
今日のお話しのまとめです。
子どもが固まったり、そわそわしたりするのは「やる気」ではなく、神経系の状態のあらわれ
神経系は、本人も気づかないうちに「安全か、危険か」を感じ取っている(ニューロセプション)
サインを叱るのではなく、「いまどこにいるか」の手がかりとして受け取る
「じゃあ、実際のレッスンでは何をすればいいの?」と思われた方も多いと思います。
次回は、私が今までのレッスンの中で大切にしてきた、ポリヴェーガル理論を活かした
具体的な関わり方をご紹介します。どうぞお楽しみに。
今日の一冊

『「ポリヴェーガル理論」がやさしくわかる本
イライラ、不安、無気力、トラウマ…負の感情がラクになる』
吉里恒昭 著/日本実業出版社(2024年)
ポリヴェーガル理論を、体と心の調子を整えるために「実際に使える」形で解説した入門書です。赤・青・緑の「ポリ語」で自分の状態を見る視点は、レッスン中の子どもの様子を読み取るときにも、先生自身の状態をふりかえるときにも役立ちます。
ポリヴェーガル理論にはじめて触れる方に、まず手に取っていただきたい一冊です。

「間違えても大丈夫」を、仕組みで体感させる
ポリヴェーガル理論の視点で大切にしているのが、
「間違い=恐いもの」から「間違い=発見のきっかけ」への言葉の変換です。
ミスをした瞬間に先生が動じない様子を見せる。
「間違えたね」ではなく「今、指がどこに行きたかった?」と一緒に観察する。
練習の中に"わざと間違えてみる"時間をつくり、間違いを日常化する。
私が教室で大切にしている「全部オッケーの哲学」は
できた・できないで評価する前に、
まずは「今日も来てくれてありがとう」を伝えること
気持ちは肌で伝わるのです。
「今ある環境で音楽性を育てる 電子ピアノ時代のレッスンアップデート」
📅 2026年10月8日(木)10:30〜12:30(受付10:00)
📍 ヤマハミュージック 大阪なんば店 2Fサロン
👥 定員:60名
💰 会員3,000円/一般3,500円(税込)
お申し込み:ヤマハミュージック大阪なんば店 TEL. 06-6531-8202